京都観光、空港定額タクシーは、新型コロナウィルス対策を強化された55タクシーで安心な旅を 京都観光、空港定額タクシーは、新型コロナウィルス対策を強化された55タクシーで安心な旅を

霊験あらたか ごりょうさん

 

先日、「ごりょうさん」で親しまれている御霊神社(上京区)へお参りにいってきました。

 

鳥居と楼門 祭神が早良親王(崇道天皇)とあって菊のご紋がここかしこに

 

応仁の乱(1467-1477)の戦端の地として有名です。  正式名称は「御霊神社」

 

「上御霊神社」とも言いますが、これはあとにできた「下御霊神社」に対して区分けするための通称です。

 

 

ノボリは生取材のあかし (^^)  毎年5月にお祭りがあるのですが、かつて(今から40年以上前)ひしめくほどの露店が出ていて、それはそれは賑やかでした。子どももすごく多かった時代

 

 

 

 

当神社は平安遷都以前からこの地に勢力もった出雲氏の氏寺である上出雲寺の鎮守社であったとされ、また桓武天皇が平安遷都の時に早良(さわら)親王らの怨霊を鎮めるために創祀したともされています。

 

 

ご利益はというと  (神社のHPでは「御恩徳」とされてます)

 

・厄除(厄払い、病気平癒、交通安全、旅行安全)
・こころしずめ

(ここのオリジナルのようなものでお守りもあります)

・家内安全
・家業繁栄
・安産
・学業成就
・書道上達

 

調べてみるとこの「御霊神社」は京都では上記以外に西京区、福知山市、木津川市にもあり、おとなりの大津には4カ所もあります。

また関東にも多く、そのほとんどが神奈川県内にある(13社)ことを知り少々驚かされました。

(ウィキペディアによると関東から四国にかけての全33社)

 

 

この中では最古なんだろうという思い込み&期待をもっていろいろ調べましたが伏見稲荷大社や北野天満宮のような全国の総本宮的な役割は担ってないようです。

(そして奈良県五條市の御霊神社が最古とのこと。上御霊神社に電話をして教えていただきました。うーん、ちょっと残念)

 

 

さて、京都で「先の戦争」と言うと

「応仁の乱」

を指す…なんて京都人の歴史自慢を揶揄するように言われたりしますが私自身、この日本史上最大の内乱と言われるこの戦のことがイマイチわかっていません。

(すみません、ほとんどでした<(_ _)>)

 

戦国時代の幕開けといわれるこの戦いですが、その原因は複雑をきわめ、なぜ11年もの間、戦いが続いたのかは当人たちも分かっていなかったという記述を昔なにかでみて、「どんな戦いやねん…」と愕然としすぎて調べる気にもならなかったというのが正直なところです。

 

もちろん山名宗全(西陣) VS 細川勝元(東陣)がベースとなっているくらいは知っています笑

いずれ「西陣」ついて触れようと思いますので、今回はこれ以上踏み込まないでおきます。

 

京都には、あまた神社がありますが私はここへ来ると、より神妙な面持ちになります。

ここに他ならぬ何かを感じるのです。

その「何か」を敢えて知らないでおこうとする自分がいます。(少しだけ哲学的で)

 

しいて言うなら、この神社が放つ雰囲気に他にはない「重み」を感じるところでしょうか。

(霊感の類ではありません)

 

おおげさかもしれませんが、軽々しく足を踏み入れようものなら祭神達の「ここはそんなところではないぞよ。」との声が聴こえてくるような感じさえします。

 

哀しい歴史の始まりとなった御霊神社。

しかしそれとは次元を異にして、ここにしかない確かなまでの神々しさ、厳かさがあるように感じます。

 

 

これからもずっとその独特の存在感でもってこれからの時代を、街を、人を見守っていってほしいと思います。 掛見

 

 

 

本殿   1年を通して観光の方は少なめです。(厳格な祭神たちが寄せつけないのか?)

 

白梅と紅梅が小ぶりながらも堂々の競演

 

 

細川護熙氏(細川勝元の末裔にして第79代内閣総理大臣)による揮毫入りの石碑   歴史のロマンを感じますがむしろ細川さんが御年83であることに衝撃を受けます

 

門前にある水田玉雲堂さん。(この日は定休日につき拝借画像) 「唐板(からいた)」という疫病除けのご利益がある名菓を約500年以上にわたりつくっておられます。 京都検定の問題にもよく出てきます

 

 

 

ページ上部へ